第五話 九七式大型飛行艇

  言葉を遠くへ運ぶ方法は、いくつもない。


 電文は速い。速いが、読まれる。空を通る以上、聞こうと思えば誰にでも聞ける。手紙は残る。残るが、途中で開かれる。開いた者は、開いたとは言わない。


 いちばん古い方法は、人が覚えて行くことだった。紙に書かず、鍵もかけず、頭に入れて、体ごと運ぶ。


 遅い。危ない。一人死ねば、それで消える。


 それでも、確実なのはこれだけである。



 十二月二日の夜、羽田沖は暗かった。


 外務省南方局の三上四郎は、桟橋の端に立って、自分の荷物を見ていた。革の鞄が一つである。着替えと、洗面具と、公務の書面。それだけだった。


 辞令が出たのは、前日の午後である。


 ワシントンの野村・来栖両大使宛に、急送の書面を届ける。名目はそれだった。書面そのものは、届けるという事実のための紙にすぎない。本当に運ぶものは、紙にしていない。


 辞令を受けたあと、彼はもう一度、大臣室に呼ばれた。


 一度目は二日前で、覚書を書いた本人として呼ばれた。原文にあたったか。定義がないというのは確かか。この付箋はお前か。それだけ訊かれて、三分で下がった。


 二度目は、扉が閉まった。


「聞いておるな」


 東郷が言った。


「はい」


「野村と来栖への返答は、紙にも電文にもしない。お前が口で運べ」


「承知いたしました」


 東郷は、書類から目を上げなかった。


「行程は、海軍が決めた」


「はい」


「私は、聞いておらん」


 三上は、その一言の意味を考えた。


 考えて、聞かないことに決めた人の言い方だ、と思った。この人は、外務省の職員がどういう経路でワシントンへ渡るのかを、知らないままにしておくつもりでいる。知れば、止めるか、許すか、どちらかをしなければならなくなる。


 それが、この老外交官にできる全部だった。


「気をつけて行け」


 それだけだった。


 三上は一礼して、下がった。


 廊下へ出てから、また手が汗をかいていた。


 外務省が今度ばかりは速い、と三上は思っていた。


 この四年、この役所は決まったあとに報される側だった。満洲のときも、仏印のときも、三国同盟のときもそうである。軍が先に動き、既成の事実ができてから、外務省がそれを世界に説明する役を負う。説明できない事実を、説明できる形に翻訳するのが仕事になっていた。


 外交の主導権は、とうに軍に移っている。


 外交というのは、本来、戦を始めない仕事である。始まってから弁解する仕事ではない。その順序を取り戻す機会が、いま一度だけ来ていた。


 海軍が偵察の機体を出し、そこに外務省の人間を乗せる。乗せる名目は急送の書面で、書面の中身は空に近い。つまり運ぶのは人であり、人が運ぶのは言葉である。言葉を運ぶのは、外務省の仕事だった。


 軍のほうから席を用意してきた。この四年で初めてのことである。ここで主導権を取り返せなければ、この役所は二度と取り返せない。


 役所が一枚になったのは、陛下の下問があったからだけではなかった。下問は口実で、皆が欲しかったのは、その口実のほうだったのかもしれない。



 南洋航路の飛行艇は、定期便である。


 横浜と羽田から南へ、サイパン、パラオ、ヤップを結んでいる。大日本航空が運んでいて、切符を買えば誰でも乗れた。乗るのは南洋庁の役人と、商社の者と、開拓に入る家族である。


 サイパンは、東京から南へおよそ二千四百キロ。マリアナ諸島の中ほどにあり、大戦の後にドイツから引き継いで、日本が委任統治している。島には製糖工場があり、日本人が四万人住んでいた。役場があり、小学校があり、神社がある。南洋庁の本庁はパラオだが、人の出入りはサイパンのほうが多い。


 東京からサイパンまで、飛行艇で一晩と半日。定期の航空路は、そこで終わる。


 その定期便に使われているのが、九七式飛行艇の輸送型だった。海軍の大型飛行艇から爆弾架と銃座を外し、胴体に客席を並べたものである。十人あまりが坐れて、寝台もある。国産の機体で最も遠くまで飛べるものが、そのまま民間の翼になっていた。


 サイパンから真珠湾までは、その二倍以上ある。定期便はない。行く理由のある者が、これまでいなかった。


 三上は公務の客として乗った。名簿に名前が載り、座席が与えられ、荷物が量られた。隠すものが一つもないので、隠す手間もかからない。


 同乗者は七人いた。南洋庁の職員が二人、商社の者が三人、あとの二人は何も言わなかった。誰も三上に用がなく、三上も誰にも用がなかった。


 離水は、二十二時を回っていた。


 夜の海の上を、一晩と半日かけて飛んだ。三上は眠れなかった。


 眠れないまま、彼は、なぜ自分が選ばれたかを一度だけ考えた。


 考えて、すぐにやめた。分かりきっている。語学ができ、身軽で、あの研究所を出ている。三十八で、独身で、母親は三年前に死んでいる。この役所に彼の名前を惜しむ者はいない。惜しまれない人間は、動かしやすい。


 覚書を書いたから選ばれたのではない。条件が前から揃っていただけである。


 ただ、覚書を書いていなければ、あの飛行艇に自分が乗る意味は、たぶん半分もなかった。



 三日の昼過ぎ、サイパンに降りた。


 定期便はここまでである。


 迎えに来たのは海軍の少尉で、書類を確認して、それから、こう言った。


「本日はこちらでお休みいただきます。今夜、便が出ます」


「どちらまで参りますか」


「東でございます」


 それだけだった。


 宿舎は軍の施設で、部屋は板張りで、窓から椰子が見えた。十二月であるということを、体が忘れた。


 三上は、その日の残りを、何もせずに過ごした。


 することがないので、彼は考えた。


 自分がいま乗り継ごうとしている便は、定期のものではない。羽田からここまでは航空路だったが、その先はない。今夜東へ行く便が出る、というのは、誰かが出すことに決めたからである。


 柱島の男が一通の手紙を書いてから、五日が経っている。その五日のあいだに、外務省が動き、海軍が動き、陛下が下問し、飛行艇が一機、どこかの泊地で油を積んでいる。


 それを繋ぐ線が、どこかにあるはずだった。


 その夜、桟橋に繋がれていたのは、昨日乗ってきた機体と同じ形をしていた。


 同じ形で、中身が違った。


 全幅が四十メートルある。翼の端から端までが、日本橋の橋幅より広い。胴体は二階建ての家を横に倒した形で、その下腹が舟になっている。滑走路を使わない。海に浮かび、海から飛ぶ。


 発動機は四つ。翼の上に並んでいる。


 この機体の設計上の要求は、航続距離であった。日本海軍は、島と島のあいだが遠すぎる海を担当している。艦は速いが、目は届かない。目を届かせるために、この国は、世界のどの海軍よりも遠くへ飛ぶ舟を作った。


 正規の航続距離で四千六百キロを超える。過荷重で燃料を積めば、六千に届く。


 搭乗員は九名。爆弾も魚雷も積める。今回はどちらも積まない。


 輸送型と違うのは、中身だった。


 銃座がある。


 機首に一つ。胴体の左右に一つずつ。背中に一つ。そして尾に、二十粍が一挺。座席を並べるはずの場所に、銃架と弾倉箱が据えてある。客を乗せる設計ではない機体を、そのまま客が使っている。


 機付の兵曹に案内されて、胴体に入った。


 中は、思っていたより広く、思っていたより粗末だった。骨組みが見えている。座席らしい座席は少なく、床に工具箱が固定されている。奥に二段の寝台がある。長時間飛ぶ機体なので、交代で寝るのだという。


 三上は、尾の銃を見た。


 撃たれれば終わりだと聞かされていたが、撃ち返す物は積んである。爆弾も魚雷も積まない機体に、銃だけが残っている。


 降ろさなかったのではなく、降ろす理由が命令書にない。それだけのことだろう、と思った。


 便所がある、と言われた。


「便所があるのですか」


「長う飛びますので」



 四日の未明に離水した。


 三上は寝台で眠ろうとして、眠れなかった。窓の外は暗く、発動機の音だけが続いている。十時間ほど、そうして運ばれた。


 四日の昼前、着いた先は、島とも呼べないような環礁だった。


 どこであるかは知らされなかったし、訊かなかった。訊いても、東でございます、と言われるだけだと分かっていた。


 マーシャル諸島である。


 サイパンから東へ二千五百キロ。大戦の後に日本が委任統治を受けた内南洋のうち、最も東の端にあたる。環礁がいくつも散らばっていて、そのどれもが、海面に細い輪を浮かべたような地形をしている。輪の内側は静かな水で、外は外洋だった。


 飛行艇にとっては、これ以上ない泊地である。滑走路は要らない。輪の内側に降りて、浮いたまま油を積める。


 そして、ここが日本の東の端だった。これより東に、日本の島はない。この輪の外に出れば、あとは真珠湾まで何もない。行って、帰ってくるだけの油を積める場所は、ここが最後である。


 その日は、油を積むだけで終わった。


 三上は、浜に敷かれた板の上で一晩過ごした。椰子の葉の音と、水の音がした。



 機長は三十代の大尉だった。翌朝、敬礼をして、名を名乗った。


「本機は、これより真珠湾沖へ向かいます」


「はい」


「この路線を飛んだ者は、まだおりません」


 三上は、機長の顔を見た。


「途中二度、洋上で燃料を受けます。往きに一度、帰りに一度。同じ艦が、同じ点で待ちます」


「二度」


「往きだけでは、帰れません」


 機長は続けた。


「潜水艦が指定点で浮いております。着水して、横付けして、缶で受けます」


「波があったら、どうなりますか」


「多少の波では、止まりません。缶を渡す腕の問題でございますので」


「まったく駄目な場合は」


「そのときは、そのときの燃料で行ける場所まで行きます」


 機長は、それ以上説明しなかった。


 あとで三上は、この会話を何度も思い出すことになる。この人たちは、できないことを「できない」と言い、そのあとどうするかを言わない。言わないのは、決まっていないからではなく、決めるのが自分ではないからだった。



 離水は、昼前だった。


 水の上を走るあいだ、機体は暴れた。三上は手すりを掴んだ。舟が波を叩く音が、床から直接体に来る。


 浮いた瞬間、音が変わった。叩く音が消えて、発動機の音だけになった。


 あとは、ずっと同じ音だった。


 三上は窓から海を見ていた。三時間見て、飽きた。飽きてから、あと十七時間あることを思い出した。



 給油は、飛び始めて七時間ほどが経ったころだった。


 機体が高度を下げ始めたので、三上は窓に寄った。


 海の上に、黒いものが一つ浮いていた。


 潜水艦だった。


 先に浮いて、待っている。指定された時刻に、指定された点で、蓋を開けて、甲板に人を並べて、待っていた。


 三上は、その光景を、生涯忘れなかった。何もない海の真ん中である。この艦は、何日も前からこの点へ向かって走ってきたことになる。


 着水は、荒くなかった。舟が二度跳ねて、それから沈んだ。


 発動機が、一つずつ止まった。四つ目が止まったとき、機内が静かになった。


 七時間ぶりの静けさだった。


 静かになってから、別の音が入ってきた。低い、腹に響く音である。潜水艦のディーゼルだった。あちらは止めていない。浮いているあいだも充電を続け、いつでも潜れるようにしてある。


 窓を開けると、海の匂いと一緒に、その音が入ってきた。


 甲板に人が並んでいた。十人か、それ以上。若い水兵ばかりだった。缶がハッチから次々に上げられ、小さなボートへ積み込まれていく。


 この艦は、この日のために缶を運んでいた。魚雷庫にも、乗員の寝台の下にも、通路にも積んである。乗組員は缶の上で寝て、缶をまたいで歩き、そして今、それを一つずつ甲板へ上げている。


 横付けに二十分かかった。一缶ごとに人の手を通るので、給油そのものは一時間近く続いた。


 ボートが漕ぎ寄せると、飛行艇の乗員が主翼の上に立ち、缶を受け取る。受け渡しは、そこで終わりだった。あとは飛行艇の乗員が翼の上を伝って給油口まで運び、自分たちの手で注ぐ。空になった缶は、またボートへ戻される。


 缶は、途中で止まった。半分ほどが、まだハッチの下に残っている。帰りの分だった。この艦はこのあと潜って、飛行艇が戻る時刻に、この同じ点でもう一度浮くことになっている。


 戻らなければ、浮いたまま待つことになる。何を待っているかは、この艦の誰も知らない。


 声が聞こえた。潜水艦の水兵の一人が何か言って、飛行艇の乗員の一人が笑った。何を言ったのかは、三上には聞こえなかった。ふだん会うことのない相手同士が、海のど真ん中で一度だけ顔を合わせて、缶を渡し合っている。それだけのことが、若い連中には愉快らしかった。


 そのあいだ、潜水艦の艦長らしい男が、艦橋から飛行艇を見上げていた。


 三上には、その男が何を考えているか分からなかった。彼はたぶん、なぜ自分がここで浮いているのかを知らない。指定された点で、指定された日に浮き、燃料を渡し、また潜る。それだけを命じられている。


 この飛行機を飛ばすために、いくつの「知らない人」が動いているのだろう、と三上は思った。


 潜水艦の艦長も、缶を上げている水兵も、サイパンの少尉も、羽田で荷物を量った係員も、何が起きているかを知らない。指定された日に、指定された場所で、決められたことをしているだけである。


 知っているのは、自分と、柱島にいる男だけだった。


 そして、この線を引いたのは、あの男である。


 五日前に届いた手紙一通から、ここまで来た。あの手紙がなければ、覚書は書かれず、下問はなく、条約局は動かず、外務省は一枚にならなかった。自分はいまも霞が関で記録を整理している。


 あの男は、柱島の艦の中にいて、この海のことを何も見ていない。見ていないのに、この海の上で起きていることは、全部あの男が頭の中で並べた順番どおりに動いている。


 自分は、その盤の上の駒だった。


 駒であることを、三上は不快に思わなかった。駒には駒の指し方がある。覚書を書いたのは自分である。誰に渡せば潰れないかを決めたのも、公館への照会を止めたのも、自分だった。


 指されたのではない。指し返している。


 缶が終わった。


 ボートが最後の空缶を積んで戻っていく。甲板の水兵たちが、それを受け取って、海へ放った。積み直して持ち帰る物ではない。空の缶は浮く。


 艦橋から手が上がった。飛行艇の主翼の上から、機長が答礼した。それだけだった。名も名乗らず、書面も交わしていない。


 甲板の人影が、ハッチへ吸い込まれていった。蓋が閉まった。


 ディーゼルの音が止み、ベントから空気の抜ける音がした。艦首が下がり、艦橋が沈み、最後に潜望鏡が水を切って消えた。


 あとには、空の缶だけが残った。


 二十いくつが、波に押されて、ばらばらに散っていく。


 三上は、それをしばらく見ていた。何もない海の真ん中に、日本の缶が浮いている。これを誰かが見つければ、ここで何かがあったと分かる。分かったところで、何があったかは分からない。


 機内で、機長の声がした。


「発動機、起動」


 搭乗員が持ち場についた。燃料槽の切り替え、燃料コックの開、ポンプで圧をかける。二番の始動。惰性車が回り出して、唸りが上がっていき、頃合いで噛ませる。爆発が来て、煙を吐いて、回り始めた。


 三番、一番、四番。内側から外側へ、一つずつ。


 四つ目が回ったとき、機体全体が震え出した。


 水の上を走り出した。浮くまでが長かった。油を満載しているので、機体が重い。舟が波を叩く音が、床から体に上がってくる。来るときより、ずっと長く叩かれた。



 残りは、退屈だった。


 夜になり、機内は暗くなった。灯火は最小限にしてある。三上は寝台で二時間眠り、起きて、また海を見た。


 午前二時ごろ、彼は自分の頭の中を並べ直した。


 紙はない。出発前に一度読んで、返した。持たされているのは順序だけである。


 要点は三つだった。


 一つ。日本の艦隊は、現在ハワイ北方に向かっている。攻撃はしない。


 二つ。日本政府は交渉の継続を望んでいる。ただし、これは政府の公式の言葉ではない。


 三つ。これを確かめる方法がある。七日の朝、艦隊は水平線上に姿を現す。それで確かめられる。


 三上は、この三つを何度も口の中で繰り返した。


 繰り返しながら、二番目が自分の役割なのだと思った。


 これは政府の言葉ではない。誰の言葉でもない。連合艦隊司令長官の言葉ですらない。命令書のどこにも書いていない。


 自分は、誰の代理でもなく、そこへ行く。


 代理でない人間の言葉を、相手に信じさせる。それが自分の役割だった。


 向こうがそれを信じる理由は、一つしかなかった。


 この飛行機が、そこに浮いているという事実である。


 三千八百キロを飛んで、途中で潜水艦から油を受けて、真珠湾の前に降りる。爆弾も魚雷も積んでいない。撃たれれば終わりで、撃たれないという保証は何もない。


 そういう機体を一機出した、という事実だけが、三上の持っている全部だった。



 朝が来た。


 窓の外が、白から青に変わった。


 三上は、眠っていなかった。


 機長が座席のあいだを通って、後ろへ来た。


「あと一時間でございます」


「はい」


「一つ、申し上げておきます」


 機長は、窓の外を見ながら言った。


「本機は、貴官を降ろしましたら、そのまま折り返します。無線は封じたままでございますので、こちらから柱島へは、何も申しません」


「……何も」


「はい。泊地へ帰り着くまで、何も」


 三上は、その意味を考えた。


 自分がこれから真珠湾で何を言い、向こうが何と答え、それがどう扱われるか。その一部始終を、柱島は知らないことになる。この機体が帰り着くまで、あの少佐は何も知らない。


 誰かが待っているのだ、と三上は思った。


 待っているだけの人間がいる。


 やがて、海の色が変わった。


 深い青の中に、緑が混じった。


 三上は、窓から離れなかった。


 機体は高度を下げていない。まだ降りない。降りる前に、向こうから見えるところを、ゆっくり通る。


 爆弾も魚雷も積んでいない。銃は積んでいる。無線は切ってある。


 浮いていること以外に、この機体が言えることは何もなかった。

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