第四話 役所仕事
権威は、見えない。
誰の言うことが通り、誰の言うことが通らないか。その順序はどこにも書かれていないのに、部屋に入れば全員が知っている。
力は、少し見える。
腰に差した刀。並んだ砲。港に浮かぶ艦。数えられるし、写真にも写る。強いか弱いかを、素人でも言い合える。
だが、この国の役所がいちばん言うことを聞くのは、権威でも力でもない。紙である。
様式が合っていて、判が揃っていて、誰も反対しない紙。それが五人か六人の手を通ると、組織の意思と呼ばれるものになる。
十一月三十日。
木村一二三通信参謀少佐は、机の上の紙を出した。
書きかけの起案である。まだ一枚も清書していない。文言が固まっていないからだった。
彼は昨夜まで、この紙の書き出しをどうするかで詰まっていた。
詰まりが取れたのは、今日である。開戦の決定が近い、という空気が艦の中で固まったからだった。
決まる前に出せば、この起案は「開戦を止めようとする文書」に見える。決まったあとに出せば、「開戦の準備を整える文書」になる。同じ紙が、日付一つで別の物になる。
彼は書き出しを直した。
日付は最初から決めてあった。十二月三日である。
機動部隊の到着から逆算すれば、五日前という数字は、偵察の時期として説明がつく。説明がつく数字は他にもあったが、もう一つの逆算に合う日は、その一日しかなかった。
書きながら、十二月三日という数字を、彼は一度だけ見た。
自分の生まれた日である。三十六になる。それだけのことだった。
もう一つの逆算は、マレーから始まっている。
コタバルに上陸するのは八日の未明である。その時刻は、ワシントンでは七日の午後にあたる。話をするなら、その後でなければならない。先に話せば、上陸は約束を破った形になる。後で話せば、済んだことの説明になる。
七日の午後から遡ると、ホノルルを発つのは着いたその日である。降りて、そのまま乗り継ぐ。一日でも遅れれば、間に合わない。
この逆算は、命令書のどこにも書いていない。
直しながら、一二三は、この紙が通ったあとのことを考えていた。
仏印からは撤兵しない。南方作戦は予定どおり動く。オランダは本国を失い、英国は手が回らない。この地域で撤兵を要求できる立場にあるのは、実質、合衆国だけだった。
その合衆国にしても、開戦を決めるのは議会である。攻撃された事実がなければ、決議は通らない。だから、この国が米国民に向けて示せることは一つしかない。
ハワイには行かない。それだけである。
賭けではない、と一二三は自分に言った。読みである。
同じ日、外務省から海軍への照会が、この机を通った。
ワシントンへ人を送りたい。もっと早く、確実に渡る手段はないか。満洲の話は、まだどこにも出ていない。誰を送るとも、何を言わせるとも書いていない。
決まる前に、船だけ探している。
あの役所は、この数年、決まった後で報された側だった。決まってから動いたのでは間に合わないことを、いちばんよく知っている。
それに、何もしておりませんでした、とは言えない。言えば、どちらの刃がこちらを向くか分からなかった。
保身である。保身で動いた役所が、この一件では、誰より早く動いた。
同じ日、東京。
外務省の三上は、その朝から省内を歩き回っていた。
柱島から来た私信は、昨日の夕方に手元に届いている。岩国の東京便に載せられていて、思いのほか早く着いた。二枚の便箋のうち一枚半が将棋の話で、途中から役所の愚痴になり、その真ん中に、別のことが書いてあった。
一つ目は、値踏みだった。あちらの十項目のうち、こちらが受けねばならんのは二つだけで、残る八つは当たらない。受けておいたほうが得になるものすらある。省内の誰も、そういう数え方をしていない。
二つ目は、その二つについてである。第三項に書いてある「支那」に、満洲は入るのか。仏印からは引かなくていい、事後承諾で構わない。第四項の南京は切って、重慶と直接話せ。
三つ目は、第九項だった。三国同盟は、署名した本人に言わせろ、と書いてある。
四つ目は、こちらの手が漏れている、という話だった。
彼はこの十日、対米交渉の記録整理をしている。ハル・ノートの訳文も彼の班が回した。読んだ回数でいえば省内で五本の指に入るだろう。
その彼が、一度も考えていなかった。
条約局へ寄り、記録を回している課へ寄り、訳文を作った者に訊いた。どこにも、その話は出ていなかった。十項目は全部が呑めないものとして扱われ、第三項は「支那と印度支那からの全面撤兵」という一行として処理されている。支那という語の中身を問う者は、一人もいなかった。
自席に戻って、三上は便箋をもう一度開いた。
柱島の男が書いてきたのは、四つある。そのうち自分に何ができるかを、彼は一つずつ数えた。
第四項。南京を切って、重慶と直接話せ。
読めば、筋は通っている。汪兆銘の政権は、日本がこの戦争を終わらせるために四年かけて用意した相手だった。承認し、条約を結び、大使を送った。切れというのは、その四年を捨てろということである。
だが、南京と話している限り、重慶は卓に着かない。重慶が着かなければ、支那事変は終わらない。終わらなければ、大陸の兵は引けない。四年かけて用意した終わらせ方は、四年かけて、終わらせ方にならないと分かった相手だった。
正しい。正しいが、書けない。これは訳語の話ではなく、政策の変更である。南方局の秘書官級が紙にすれば、一行目で、どこで聞いたと訊かれる。
第九項。三国同盟は、署名した本人に言わせろ。
これも書けない。同盟の扱いは欧亜局の所管で、三上の局ではない。他局の案件に踏み込んで、しかもワシントンの特命大使に何を言わせるかを論じる紙を、秘書官級は書けなかった。筋の通らない紙は、一枚目で止まる。止まった紙は、二度と上がらない。
印度支那からは引かんでいい、事後承諾で構わん、とも書いてあった。これも同じである。引くか引かないかは、こちらが決められる話だった。書いて上げるまでもない。
残るのは、一つだった。
第三項の「支那」に、満洲は入るのか。
三上は、机の前で三十秒動かなかった。
問えば、答えが出る。
三上は、そこが怖かった。
満洲は、日本にとって支那ではない。満洲国という別の国であり、日本はそれを承認している。承認しているからこそ、支那からの撤兵という要求は満洲に及ばない——という読み方が、当然のようにできる。
しかし、合衆国は満洲国を承認していない。承認していない国にとって、あそこは支那の一部である。
つまり同じ第三項が、こちらでは「大陸から兵を引け」と読め、向こうでは「満洲からも引け」と読める。
どちらが正しいかは、文面から決まらない。書いていないからだ。
三上は、この問いを誰にどう持っていくかを考えた。
まっすぐ上げれば潰れる。今この時期に「ハル・ノートの解釈がまだ確定していない」と言い出す人間は、交渉に未練のある弱腰と見られる。開戦は明日にも決まる。決まってから言えば、なおさら邪魔者である。
だから、彼は解釈を主張しなかった。
彼が上げたのは、疑義である。
訳語の疑義は、条約局の所管である。他局の人間が解釈を論じれば越権になるが、疑義があるので確かめてほしい、と条約局へ回すのは、事務の筋として当たり前だった。
三上は、条約局宛の照会を一枚書いた。半分は形式の話である。訳文中の「支那」の語について、原文の China の指す地理的範囲が本文中に定義されておらず、我が方の理解と先方の理解が一致しているか確認されていない。以上。
結論は書かなかった。主張も書かなかった。
そこまで書いて、三上は筆を置いた。
四つ目が残っている。
こちらの手が漏れている、という話だった。
暗号が破られている、とは書いていない。あの男は、こちらの手をあらかじめ知っている者の指し方だった、としか書いていない。
三上は、そこを正確に読んだ。
漏れ口がどこかは、分からないのである。
彼は、乙案がワシントンの卓に載るまでに通った場所を、順に数えてみた。
案は、外務省で起草された。起草の段階で写しが回る。省内で二十人は読む。閣議に上がる前に陸海軍へ協議に回り、そこでまた何十人が読む。軍令部と参謀本部の担当が、それぞれの部で回覧する。
決まれば、電信課で暗号に組まれる。暗号書を触る者、乱数表を管理する者、送信する者。長い電文は分割され、複数の系統で打たれる。中継の局を通る。
ワシントンに着けば、大使館の電信室で解かれる。解いた紙を清書する者がいる。清書を大使が読み、参事官が読み、書記官が読む。訳文を作る者がいる。館内の反古は焼くことになっているが、焼いているかどうかを東京から見た者はいない。現地で雇っている使用人がいる。掃除に入る者がいる。
国務省へ持っていくまでに、日本語と英語で少なくとも五十人の手を経ている。
そのうえ、大使館は盗聴されているものとして扱うのが常識だった。電話は交換手を通る。館の外へ出れば、待ち合わせの場所があり、食事の席があり、酒の席がある。四年の交渉で、日本側の手の内に触れた人間は、東京とワシントンを合わせて何百人といる。
どれか一つではなく、どれでもありうる。それが、いちばん厄介だった。
穴が一つなら塞げる。どこに空いているか分からない穴は、塞ぎようがない。
そして、塞ごうと動けば、動いたこと自体が向こうに見える。気づかれたと向こうが知れば、向こうの出方が変わる。いま米側が引いている線は、日本がどこで折れるかを見たうえで引かれた線だった。見えなくなれば、線は外へ動く。
したがって、いま打てる手は一つしかない。
何も変えず、知らぬ顔で、余計な物を流さないことである。
書き終えた照会に、三上は付箋を一枚貼った。
疑義を上げれば、条約局は必ず考える。いちばん確実な確かめ方は、ワシントンの野村と来栖に直接訊かせることである。誰でもそこへ行き着く。
行き着く前に、止めておかなければならなかった。
——本件に関し、現地公館への照会は、時期として適当ではないと存ずる。
過去の交渉経緯より、我が方の意図が先方に伝わっていた疑いあり。
経路は特定できず。暗号、館内、館外、いずれも排除できず。
目下、探索の要なし。動けば察知される。
書いてから、しばらく見ていた。
握るのであれば、一人で握ってはいけなかった。一人で握った物は、後で出てきたときに、握った者の落ち度になる。班で見て、班で決めて、班で黙る。そういう形にしておけば、これは判断であって、隠蔽ではない。
紙は、課長の机で二分止まった。
課長は読んで、自分では判断しなかった。訳語の疑義は条約局の所管である。判断すれば越権になり、握り潰せば、後で出てきたときに握った者の名が残る。彼は判を押して、上へ回した。付箋も読んだ。読んで、何も言わなかった。
条約局でも同じことが起きた。読んだ者は、答えを知らなかった。原文に書いていないものは、読んでも出てこない。分からないものを分かったことにして下ろす権限は、局長にもなかった。
誰も、悪いことをしていない。誰も、勇気を出してもいない。
困ったら、上へ回す。
それだけが、この役所で四十年守られてきた作法だった。判断のつかない紙を握って自分のところで止めることを、この国の役人は何より恐れる。握れば、その紙は自分の紙になってしまう。
だから上がる。上がって、上がって、上がりきったところに、外務大臣がいた。
その日の夕方、紙は東郷茂徳の手元に載った。
東郷は、それを二度読んだ。
どこの誰が書いたものか、彼は確かめなかった。確かめる必要のある紙ではない。定義のない語がある、と書いてあるだけである。
ただ、この時期にこれを書いて上げてくる人間が省内にいる、ということだけは分かった。
東郷は、その紙を書いた者を呼ばせた。
外務省南方局、三上四郎。大臣室で三分立っていた。訊かれたのは三つである。原文にあたったか。あたりました。定義がないというのは、確かか。確かでございます。
三つ目だけ、間があった。
「この付箋は、お前か」
「はい」
それだけだった。下がれ、と言われて、下がった。
廊下へ出てから、三上は自分の手が汗をかいているのに気づいた。何も訊かれなかった、と思った。なぜこれを書いたのかを、あの人は訊かなかった。
東郷のほうは、その紙を机に置いたまま、しばらく動かなかった。
定義のない語が一つある。それだけの紙である。
では、その語に満洲が入るのか、入らないのか。考えても、分からなかった。原文に書いていないものは、読んでも出てこない。米側に訊く以外に確かめようがなく、いま訊けば交渉を蒸し返すことになる。
付箋によれば、訊くこと自体ができない。
分からない。
分からないが、重いということだけは分かった。
この一語の範囲によって、あの十項目は、呑めない要求にも、話の続けられる要求にもなる。四年の交渉が、書いていない一語の上に乗っている。
開戦は、明日か明後日に決まる。
自分が決められることではなかった。外務大臣は交渉の担当であって、戦を始めるかどうかを決める席にはいない。閣議で言えば弱腰と取られ、その場で潰れる。潰れたあとは、二度と持ち出せない。
握るわけにはいかない。握れば、この紙は自分の紙になる。
東郷は、四十年やってきた作法に従うことにした。
困ったら、上へ回す。
外務大臣の上に、誰がいるか。
閣議ではない。閣議は横並びである。首相でもない。総理大臣は同輩の首座であって、上ではなかった。陸相でも海相でもない。
この国で、外務大臣の上に一人だけいる。
翌朝、上奏の予定が入っていた。対米交渉の経過と、在外公館への訓令の時期についての、定例の報告である。
東郷は、その予定表を見た。
東郷が上奏に立ったのは、十二月一日の午前である。
この日の午後には、御前会議が開かれることになっていた。対米英蘭開戦を決める会議である。議題も、結論も、前日までに書き上がっていた。
東郷は職掌上の報告を終えた。交渉の経過、在外公館への訓令の時期。三分ほどである。
終えて、退がるはずだった。
退がらなかった。
一件、付け加えた。
覚書の内容を、そのまま述べただけだった。米側文書中の支那という語の範囲について、双方の理解が一致しているか確認された記録がない。以上でございます、と言った。
解釈は述べなかった。判断も求めなかった。意見も付けなかった。
何も足さず、何も削らず、ただそのまま述べた。
この老外交官が打った手は、それだけである。
沈黙があった。
玉座は、こう下問した。
——外務省は、あの「支那」に満洲が含まれるかどうかを、確かめたのか。
東郷は、平伏したまま答えた。
「……確かめておりません」
その一言が、この日この部屋で唯一、予定表に書かれていない言葉だった。
それ以上のことは何も起きなかった。会議が止まったのでもなく、決定が覆ったのでもない。ただ、政府は、陛下に対して確かめてまいりますと申し上げた。
申し上げた以上、確かめなければならない。玉座に対して、調べておりませんと言ったまま放置することは、この国の誰にもできなかった。
照会が始まった。
紙一枚で、外務省が一枚になった。
条約局は原文を読み直し、六月以来の交渉記録を洗い、過去の米側文書における China の用例を拾った。作業には四十八時間が見積もられた。
その日の午後、御前会議が開かれている。決まったことは、夕刻には各方面へ流れた。
洗えば洗うほど、答えは「含まれる」に寄っていった。
合衆国はもともと満洲国を認めていない。認めていない以上、その文書に出てくる支那は、満洲を含むと読むのが自然である。四年分の記録が、そちらへ向かって並んでいる。
最も確実な確認方法が一つあった。ワシントンの野村と来栖に照会し、直接尋ねさせればいい。
それは行われなかった。
二日前に回ってきた付箋を、条約局の担当者は覚えていた。誰も反対しなかった。開戦を目前にして在外公館に余計な訓電を打つのは、確かに適当ではない。
誰も、この件を紙に残さなかった。付箋は紙ではない。
二日間の作業の結果、条約局は一枚の紙を作った。
結論は出なかった。含まれるという明文はない。除外するという明文もない。したがって、いずれとも断定できない。
それが、四十八時間の答えである。
その紙を、三上は読んでいない。
条約局が作業を始めた翌日に、彼には別の辞令が出ていた。
十二月二日、柱島。
午後五時三十分、「ニイタカヤマノボレ一二〇八」が発信された。
開戦日を機動部隊に伝える暗号電である。十三文字。この一通のために、無線封止の例外が設けてある。
一二三はその発信簿を見た。見て、時刻を控えた。
これで、日付が固まった。十二月八日。
あと五日である。
この五日で、一二三が動かしたものは、何もなかった。
賭けは成立した。手紙は東京に着いた。起案は書き上がった。どれも、自分の手の中でだけ起きたことである。艦隊は一浬も止まっていない。東京では何も決まっていない。ワシントンでは誰も何も知らない。
紙が一枚、机の上にあるだけだった。
彼はその紙を持って、参謀長のところへ行った。
参謀長の部屋には、副官の藤堂大尉がいた。書類を両手で抱えて、壁際に立っている。一二三が来る前から、そこにいた。
一二三は、外務省からの照会を先に出した。
参謀長は読んだ。
ワシントンへ人を送りたい。もっと早く、確実に渡る手段はないか。誰を送るとも、何を言わせるとも書いていない。急ぐ、とだけある。
「ワシントンへ人を送りたい、か」
「はい」
「誰を送るとも書いとらんな」
「書いてございません」
「中身も書いとらん」
「はい」
「船では間に合わんな」
「間に合いません。横浜から二週間かかります」
「飛行機か」
「それしかございません」
一二三は、地図を出さなかった。出す必要がない。この部屋にいる人間は、太平洋の距離を全部知っている。
「横浜からハワイまで、直に飛べる機体は、海軍に一種しかございません。九七式大型飛行艇でございます」
「あれを、外務省の使いに貸すのか」
「貸すのではなく、海軍の機が飛ぶ便に、同乗させる形かと存じます」
参謀長は、そこで一度、言葉を止めた。
「海軍の機が、何の用でハワイへ飛ぶ」
一二三は、二枚目を出した。
紙は一枚だった。
連合艦隊機密作戦命令とは別立ての、偵察に関する命令案である。
内容はこうだった。開戦に先立ち、大型飛行艇一機をもって、真珠湾泊地の在泊艦船を確認する。目的は、機動部隊の攻撃目標の現況把握。使用機は九七式大型飛行艇。発進基地は第四艦隊担任区域内。
参謀長は、二度読んだ。
「これは、前に一度出た話だな」
「はい」
実際、出ていた。開戦前に泊地を偵察するという案は、作戦の検討過程で一度検討され、見送られている。理由は、発見されれば奇襲が成立しなくなるからだった。
「見送った案を、外務省の都合で蒸し返すのか」
「逆でございます。外務省の使いを乗せるためだけに、大型機を一機ハワイへ飛ばすことはできません。海軍として飛ばす理由が要ります」
「それが、これか」
「はい。理由は、前に出たときと同じでございます。そのときに退けられた理由も、同じでございます」
「発見されれば、奇襲にならん」
「そこを、今度は書いて上げます」
「どうする」
「一日、遅らせるか、あるいは中止して引き返すか。いずれにせよ、決めるのは長官でございます」
「そこまで書くのか」
「はい」
一二三は、紙の一行を指した。
そこには、こう書いてあった。
——本偵察の結果により、連合艦隊の行動を決定す。
参謀長は、その行を長く見ていた。
「重い一行だな」
「はい」
「これを書くと、偵察の結果に縛られる」
「そのつもりでございます」
参謀長は、紙を置いて、一二三を見た。
「そもそも、なぜ確かめる要る」
「機動部隊は、いまだ空母の所在を確認できておりません。真珠湾に米空母がいるかどうか、この時点で誰も知らないままでございます。八日に着いて、そこに空母がいなかった場合、機動部隊は目標のない攻撃をすることになります」
「それは、着いてから分かる」
「着いてからでは、遅うございます」
彼は続けた。
「攻撃隊の編成は、目標によって変わります。空母がいるなら雷撃を厚く、戦艦だけなら水平爆撃を厚く。着いてから決めるのでは、一時間で組み直すことになります」
そこで、藤堂が口を開いた。
「恐れながら」
二人が、振り向いた。
副官の藤堂大尉は、書類を両手で持ったまま、机の脇に立っていた。二十六歳である。兵学校を出て六年目で、この春に副官についた。この人は、書類を渡すとき必ず両手で渡す。受け取るときも両手である。
「その一行は、削られたほうがよろしいかと存じます」
「なぜだ」
参謀長が訊いた。
藤堂は、答えた。
「連合艦隊の行動を、飛行機一機の見たものに預けることになります。搭乗員が見誤ることもございます。天候で確認できないこともございます。その場合、艦隊は何を根拠に動くのか、この紙には書いてございません」
それは、正しい指摘だった。
一二三は、そう思った。この大尉は、この紙のいちばん弱いところを、二分で見つけている。
参謀長は、藤堂を見た。
「藤堂」
「はい」
「副官は、起案に意見を言う職か」
藤堂の顔が、変わった。
「……いいえ」
「余計なことを申すな」
「失礼いたしました」
藤堂は、一礼した。
それきり、彼は何も言わなかった。
一二三は、その横顔を見た。
この大尉が言ったことは、正しい。正しいが、正しさは職掌の外では通らない。それがこの組織の作りだった。
自分も同じである。少佐が長官に何かを言うためには、盤が要った。
藤堂には、盤がない。
参謀長は、紙をもう一度見た。
それから、机の抽斗から朱筆を出した。
「一行、足すぞ」
参謀長は、紙の余白に朱で書いた。
——本機は帰投まで無線封止を厳守す。偵察の結果は、帰投後、書面をもって報告す。
「報告は遅れるぞ」
「遅れます」
「遅れてもいい。打つよりましだ」
参謀長は朱筆を置いた。
当たり前のことを言っただけの顔をしていた。実際、当たり前だった。艦隊が無線を切って進んでいるのに、こちらの飛行艇が一通打てば、その電波で、我が方がハワイを見ていることが知れる。この艦の誰に訊いても、同じ一行を足す。
一二三は、その一行を自分では書かなかった。
書けば、なぜ書いたかを訊かれる。訊かれれば、理由を作らなければならない。理由を作った紙は、作った者の紙になる。
足りない一行は、置いておけば、誰かが足す。役所というのはそういう場所だった。
これで、あの機が真珠湾の外で何を見たか、何を見せたかは、帰ってくるまで、この艦の誰にも分からない。東京にも、軍令部にも、分からない。
その一行を書いたのは、参謀長である。
参謀長は、紙に判を押した。
「長官に上げろ」
「はい」
藤堂が、両手でそれを受け取った。
受け取りながら、彼は、自分の指摘が容れられなかった理由を考えていた。
削られなかったのは、間違っていたからではない。あの一行は、意図して残してある。そういう顔をあの少佐はしていた。
海軍の命令書に、止まる条項がないわけではない。
藤堂は、機動部隊への命令の写しを見ている。日米交渉が妥結した場合には、作戦を中止し、反転帰投せよ。そう書いてある。反転を伝える符丁まで決めてあった。
止まる手順は、ある。
ただ、あれは待つ条項だった。ワシントンで話がまとまれば止まる。まとまらなければ、止まらない。艦隊にできることは、報せを待つことだけである。
この紙は、違う。
本偵察の結果により、連合艦隊の行動を決定す。
こちらから一機飛ばし、その一機が見てきたもので決める、と書いてある。
つまり、と藤堂は思った。
連合艦隊が、自分で艦隊を止める方法を持つ、ということだ。
書いてあることは、当たり前に見える。確かめてから決める。確かめる前に決めない。
当たり前に見えて、これは、そういう紙ではない。
いままで、艦隊を止められるのは政治だけだった。軍は動かされる側で、止まるときも動くときも、決めるのは外である。それが、五・一五からこちら、この国が失いかけている一線だった。
この紙は、その線をまたぐ側へ半歩出ている。
規則は破っていない。様式どおりで、判も揃っている。正しいことしか書いていない。
正しいことしか書いていない紙が、いちばん怖い。
長官室に上がったのは、その日の夜である。
藤堂が扉を開けた。一二三が入り、藤堂は扉の内側に立った。
山本は紙を受け取って、読んだ。一度で読み終えて、机に置いた。
「外務省から照会が来とるな」
「はい」
「同じ便か」
「同じ便でございます」
長官は、紙を指で一度叩いた。
「これで払ったことにするか」
一昨日の賭けのことである。一二三が勝って、長官が命令を一つ出す。払う時期は長官が決める、という約束だった。
「いいえ」
一二三は答えた。
「これは外務省からのご依頼がございます。私が長官に払っていただく筋のものではございません」
「都合のいい話だな」
「はい」
「判を押しても、賭けは残るというわけか」
「残ります」
残る。それでいい、と一二三は思った。
今夜この紙に判が下りても、艦隊は止まらない。止まるのは、飛行艇が真珠湾の外に浮いて、それを向こうが見て、卓の向こうに人が坐って、話が始まったあとである。そこまで行って、なお最後に一手が要る。
賭けは、そのために取ってある。
ただ、今夜まででは、その一手を指す場所すらなかった。艦隊は海の上にいて、こちらには何もない。今夜、判が下りれば、機体が一機、正規の命令で飛ぶ。
盤の上に、指せる場所ができる。
山本は、少し笑った。
それから筆を取った。署名は速かった。何度も書いてきた字である。一度も止まらずに書いて、置いた。
「軍令部へ回せ」
「はい」
一二三は紙を受け取った。
受け取った瞬間に、この紙の性質が変わったことを、彼は理解していた。
これは、もう彼の起案ではない。連合艦隊司令長官の命令案である。軍令部が承認すれば、海軍の意思になる。
そして、その中には、こう書いてある。
——本偵察の結果により、連合艦隊の行動を決定す。
海軍は、この一行を承認することによって、自分の偵察の結果に従うと事前に約束することになる。
偵察が何を持ち帰るかは、まだ誰も知らない。
紙は、その夜のうちに軍令部へ回された。
回したのは藤堂である。副官の仕事だった。
封をするとき、彼はもう一度あの一行を見た。
本偵察の結果により、連合艦隊の行動を決定す。
この一行は、軍令部で誰かに削られるだろう、と彼は思った。自分が二分で気づいたことに、軍令部が気づかないはずがない。削って戻ってくる。それが役所というものである。
削られても、同じではないか、と思い直した。
一行が残ろうと残るまいと、飛行艇は飛ぶ。飛んで、真珠湾の上を通って、帰ってくる。帰ってくれば、搭乗員が見たものを報告する。
いま真珠湾に何が浮かんでいるかを、日本人が自分の目で確かめる。それが一度でも起きれば、そのあとに何をどう決めるにせよ、決める側は、見た者の言葉を聞いてから決めることになる。
見てから決めるのと、見ずに決めるのとでは、違う。
あの少佐が欲しがったのは、たぶん、そちらだ。
藤堂は、そこで考えるのをやめた。副官が考えることではない。
彼は封をした。
承認は、翌三日の午前に下りた。
一行は、削られていなかった。
異議はなかった。開戦前の目標確認は、作戦上の必要として正当であり、しかも一度は自分たちが見送った案である。見送った理由は奇襲の秘匿だったが、その理由は、連合艦隊が「発見された場合の措置まで含めて長官が決める」と書いてきたことで消えていた。
藤堂は、承認の写しを受け取って、しばらくそれを見ていた。
誰も削らなかった。
削らなかったのは、誰も重いと思わなかったからではない。参謀長も、長官も、重いと分かっていた。分かっていて通した。
軍令部が何を思ったかは、分からない。ただ、承認は下りた。
紙が一枚、五人か六人の手を通って、そのたびに何も起きず、そして海軍の意思になった。
藤堂は、副官についてから、この種の紙を何百枚も回してきた。
こんなふうに通る紙を、初めて見た気がした。
軍令部が承認した以上、この飛行艇の存在は、海軍の中で秘密ではなくなった。
一機の九七式大型飛行艇が、正規の偵察命令によって、真珠湾へ向かうことが決まった。
その機には、外務省の特使が一名、同乗する。
命令書にも、照会の写しにも、そう書いてある。隠すところは、一つもなかった。
三日前の夜、一二三は三つ数えた。
命令。届ける物。卓の向こうに坐る相手。
命令は、今朝下りた。届ける物は、九七式大型飛行艇が一機。真珠湾の外に浮かんで、そこにいるという事実だけで喋る機体である。坐る相手は、外務省が自分の都合で用意してきた。
三つとも、揃った。
規則は一つも破っていない。判は全部揃っている。書いてあることは、どこからどう読んでも正しい。
二十六手目が、動き出した。
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