第一話 三味線

  侍の刀は、抜くための物ではなかった。


 それでも彼らは、外へ出るときは必ず腰に差した。抜かないと決めている物を、毎朝欠かさず身につけて歩き、これは自分の魂であると公言した。


 鞘に納まっているあいだ、刀は誰も斬らない。斬らないまま、相手に間合いを計らせる。


 もっとも、二百六十年の泰平のあいだに、それは形だけの物になっていた。差していれば侍で、差していなければ侍ではない。身分を示す札に近い。抜き方を知らない侍がいくらでもいた。


 効きはじめたのは幕末である。


 志士と呼ばれた男たちは、その前にまず剣客だった。


 桂小五郎は江戸三大道場の一つ、練兵館の塾頭だった。近藤勇は天然理心流の宗家を継いだ。勝海舟は直心影流の免許を持ち、そのうえで人を斬らないと決めて、鞘を留めて歩いた。坂本龍馬は土佐で日根野道場の免許を得て、さらに江戸へ出て千葉道場でも剣を修めた。


 この時代、誰の言うことが通ったかを並べていくと、たいてい斬れる男の言うことが通っている。斬ったからではない。斬れると皆が知っていたからだ。発言力は、刀にあった。


 そして、腕のある者ほど抜かなかった。抜いた瞬間に、その場の全部を賭けることになるからである。


 昭和十六年の日本には、その理屈がなかった。


 五・一五で首相が撃たれ、二・二六で蔵相と内大臣が殺された。首謀者は罰せられたが、罰せられたのは人であって、仕組みではない。以後、陸軍と海軍は、大臣を一人出さないというだけで内閣を潰せるようになった。抜かずに殺せる。政府の中にいて、政府の外にいる。


 その政府を代表して、外交官は卓の向こうへ坐らされた。


 両手に抜き身を提げていた。北に陸軍、南に海軍。


 抜き身を提げた男の言うことを、誰が信じるか。



 その二本のうち、南の一本――海軍という刀の、柄にあたる場所がある。連合艦隊旗艦、戦艦長門の通信室である。



 木村一二三少佐は、連合艦隊司令部の通信参謀である。


 連合艦隊司令部は、戦艦長門に乗っている。艦隊という物には陸の上に本部がない。長官も参謀長も参謀も、全員が旗艦の中で寝起きし、そこで海軍の全部隊を動かしている。長門は艦であると同時に、この国の海軍の頭であった。


 その長門は、柱島にいる。


 広島湾の南の口、岩国の沖に浮かぶ小さな島である。周りを島に囲まれて外海のうねりが入らず、水深があり、戦艦が何隻でも錨を下ろせる。潜水艦も雷撃機も入ってこられない。そして北へ十五浬ゆけば呉があった。鎮守府があり、海軍工廠があり、長門を産んだ船台がある。油も弾も飯も、呉から出てくる。


 海軍の頭は、その工場の玄関先に浮かんでいた。


 その頭に入ってくる電報と、頭から出ていく電報は、全部が一二三の机を通る。暗号書の管理、文面の起案、そして東京から回ってくる山のような通報のうち、どれを長官の目に入れるかの選別。三十代半ば、眼鏡。長官副官が内地に上がっているあいだは、その代理も務める。


 だから、この艦に入ってくる文を最初に読むのは、いつもこの男だった。


 長門は、この国でいちばん名前を知られた艦である。


 二十年前に竣工したとき、世界で最も強い戦艦だった。四十センチ砲を八門積んだのは長門と姉妹艦の陸奥が最初で、その後の軍縮条約で、この二隻と英米の五隻だけが特別扱いを受けた。ビッグセブンと呼ばれた。小学校の教科書に載り、絵葉書になり、進水記念の菓子箱にまでなった。日本の子供は長門の名を、総理大臣の名より先に覚える。


 一二三はこの艦が嫌いではなかった。


 この艦は、いるだけで仕事をしている。四十センチ砲は、実戦では一発も撃っていない。撃っていないのに、世界中の海軍が長門の存在を計算に入れて自分の艦を設計した。撃たなくても効く。撃てるということだけで効く。


 それが分かっている者が、この海軍にどれだけいるだろうか、とときどき思う。


 一二三は通信参謀である。命令を出す権限は一つも持っていない。彼にできるのは、言葉を組み立てて、他人の口と他人の名前に入れることだけだ。起案して、判を貰い、電文にして、発信する。その全部が誰かの決裁を通る。通らないものは存在しない。


 兵学校の席次は、上のほうではない。上位の者は砲術か水雷へ行く。通信はそのあとだった。剣道は弱く、水泳も遅かった。ただ、将棋だけは異様に強い。成績表には、その欄がない。



 夜の対局は、九月ごろから続いている。


 始まりは、副官の藤堂大尉が内地に上がっていた晩だった。一二三は代理で書類を運んだ。


 山本五十六は机の脇に盤を出して、一人で駒を並べていた。新聞の詰将棋である。ちぎった切り抜きが盤の横に置いてあった。


 書類を持ったまま、判を待った。長官は判を押さない。盤を見ている。


 一二三は立ったまま、待つあいだ、その盤を見た。


 山本は気づいていないのか、気にしていないのか、盤から目を上げなかった。判はいつまでも待たれたままだった。


 そうして十分近く待った。


 彼は右手を出した。


 そして、何も置かれていない枡目を、指で一度突いた。


 それだけである。何も言っていない。


 将棋の礼儀として、これは無礼にあたる。人の盤に指を入れる。それも上官の盤に、訊かれてもいないのに。


 山本の顔が上がった。


 一二三を見て、盤を見た。指の下の、空いた枡を見た。


 それから、動かなくなった。


 十秒か、十五秒。長官は自分の駒台から一枚つまみ上げて、その枡に置いた。置いてから、その先を三手、四手と進めた。


 詰んだ。


 派手な手ではなかった。駒を取る手でもない。ただ、そこに一枚置くと、玉の逃げる場所が全部なくなるという枡だった。詰将棋を解こうとする人間は、たいてい攻めの手ばかりを探す。逃げ道を塞ぐという発想には、なかなか行かない。


 山本は切り抜きを裏返して、答えを見た。合っていた。


「指せるか」


 最初に言われたのが、それだった。


「指せます」


 それから、手に書類が残っているのを思い出した。


「その前に、これを」


「おう」


 山本は書類を受け取って、目を通した。速い。上から下まで一度なぞって、途中で一度だけ指を止め、それから判を押した。判を押してから、駒箱に手を伸ばした。


 その晩、一二三が勝った。


 次の晩も指した。また勝った。三晩目に、山本は駒を並べる手を止めて、こう言った。


「言っておく。手加減したら二度と座らせん」


 この人が博打打ちであることは、海軍の中で知らない者がいない。麻雀、ポーカー、賭け将棋。ロンドンの軍縮会議に出たときは、宿でカードをやって旅費を浮かせたという話が残っている。冗談のような話だが、この人については冗談のほうが事実に近いことがある。手加減を禁じる規則も、そういう人間が作った物だった。


 それきり、その話は出ていない。


 それから三か月、この部屋の灯りが落ちる時刻になると、大抵は駒の音がした。


 その三か月で、山本が勝ったことは数えるほどしかない。


 勝てる形が一つだけあった。山本が自分の攻めを最後まで押し通し、一二三に受けさせて受けさせて、受けが尽きたところを取る。それ以外の指し方では、まず勝てない。避けようとして避けられる形でもなかった。一二三の受けが強すぎるせいで、逃げ場を潰しながら追い詰めていくと、最後にはこの形にしかならない。山本自身、なぜそこへ行き着くのか説明できたことがない。



 その夜も、駒の音がするはずだった。


 十一月二十七日、木村一二三通信参謀少佐は長門の電信室に入った。部屋付きの水兵が入れた茶を飲みながら、溜まった通信書と連絡書に目を通すのが習慣だった。


 東京から回されてきた通報の写しを受け取った。合衆国政府が昨日ワシントンで野村大使と来栖大使に手交した文書の、要旨ではなく全文の訳である。


 第一節は原則の羅列だった。領土保全の尊重、内政不干渉、通商上の機会均等。誰も反対できないことばかり書いてある。一二三はそこを一分で流した。


 第二節に、こうあった。



  合衆国政府及日本国政府ノ執ルベキ措置


  一 両国政府は、英帝国、支那、日本、蘭領東印度、ソヴィエト聯邦、

    泰国および合衆国の間に多辺的不侵略条約を締結すべく努力する。


  二 両国政府は、米、英、支、日、蘭、泰の各政府間において、

    仏領印度支那の領土保全を尊重し、その脅威が生じた場合には

    直ちに協議に入る旨の協定を締結すべく努力する。

    各政府は仏領印度支那との通商において特恵的待遇を求めず、

    署名国相互の均等待遇を得るよう影響力を行使する。


  三 日本国政府は、支那および印度支那より、一切の陸軍、海軍、

    航空および警察の兵力を撤収する。


  四 合衆国政府および日本国政府は、臨時に重慶に首都を置く

    中華民国国民政府以外の、支那におけるいかなる政府または政権をも、

    軍事的、政治的、経済的に支持しない。


  五 両国政府は、国際租界および居留地における権利ならびに

    北清事変議定書に基づく権利を含む支那における治外法権を

    放棄することにつき、英国その他の政府の同意を得るよう努力する。


  六 両国政府は、相互最恵国待遇と双方による貿易障壁の低減に基づく

    通商協定の締結交渉に入る。合衆国は生糸を無税品目に置く。


  七 両国政府は、それぞれ、合衆国における日本資金および

    日本における米国資金の凍結を解除する。


  八 両国政府は、円ドル為替相場の安定計画に合意する。

    これに要する資金は日本が半額、合衆国が半額を供する。


  九 両国政府は、いずれかが第三国と締結した協定を、

    本協定の根本目的たる太平洋全域の平和の確立および維持と

    抵触するように解釈しないことに合意する。


  十 両国政府は、他の諸政府をして本協定に掲げる基本原則を

    遵守せしめるよう、その影響力を行使する。



 文書には題がない。差出人はコーデル・ハル国務長官、宛先は野村吉三郎大使。表題は「合衆国及日本国間協定ノ基礎概略」とだけある。案であって、通牒ではない。文面のどこにも期限が書かれておらず、応じなければどうなるとも書かれていない。


 それでも、受け取って目を通した者は、たいていこれを最後通牒と読んだ。書いた本人の名を取って、ハル・ノートと呼んだ。


 読み終えるのに五分もかからなかった。


 電信室の空気は変わらなかった。


「これで決まりですな」


 暗号長が言った。声はいつも通りかすれている。喉をやったのは支那事変の初年で、それ以来この人はどんな内容の電文を読み上げるときも同じ音になる。開戦でも、給糧艦の遅れでも。


 一二三は写しを机に伏せた。


 誰も驚いていない。それが正しい反応だった。この十項目には、驚くべきことが何も書かれていない。日本がこの年の春から「これだけは呑めない」と内部で決めてきた線がある。十項目は、その線の呑めない側に、すれすれで、正確に置かれていた。


 なぜこの薄い紙が最後通牒になるのか。説明するには四年分の話が要る。


 支那事変は昭和十二年に始まって、まだ終わっていない。始めた者はいたが、終わらせ方を書いた紙は、四年たった今も存在しない。日本は大陸に百万の兵を置いたまま、勝ってもおらず負けてもいない状態で立っている。第三項は、それを全部やめろと言っている。


 第四項は、それを支持するなと言っている。


 汪兆銘のことである。国民党の副総裁で、孫文の遺書を枕元で書き取った男だった。三年前の暮れに重慶を脱け出し、去年の三月に南京で政府を立てた。日本は同じ年の十一月にこれを支那における唯一の正統政府として承認し、条約を結び、大使を送った。ドイツもイタリアも今年になって追随している。日本が四年かけて用意した、この戦争の終わらせ方そのものであった。


 その四年を捨てろと、第四項は言っている。この十項目を書いた人間は、汪兆銘が何であるかを知っていて、知った上で、それを捨てろと書いた。


 紙屑になるのは政権だけではない。南京、武漢、広東。占領地に置いた行政の組織、徴した税、刷った紙幣、通した鉄道。四年のあいだに大陸で死んだ日本の兵は十万をこえる。第三項と第四項を続けて呑めば、その全部が、何のためでもなかったことになる。


 軍人が呑めないのではない。呑んだ政府が、翌日から国民に説明できない。


 石油が止まったのは、この年の八月である。


 七月に日本軍が南部仏印へ入った。米国は資産を凍結し、次いで石油の輸出を許可制にした。表向きは全面禁輸ではない。ただ、凍結された金では代金が払えないので、許可が下りたところで一滴も動かない。制度の上では許可制、実態は全面禁輸だった。蘭印も英領も同じ月のうちに足並みを揃えた。


 この国が動かす油の八割は、それまで米国から買っていた。


 以来、日本は貯めてある分だけで生きている。


 一二三は机の木目を見ていた。


 これを書いた人間は、腹を立てているのではない。腹を立てた文書はもっと長い。この十項目は短く、正確で、無駄がない。日本がどこで折れられないかを知っている者の書き方だった。



「少佐」


 暗号長が言った。


「明朝の便で呉へ出ますが、私物の託送はありますか」


 一二三は答えなかった。二拍ほど。


 それから、いや、と言った。


「ない。ありがとう」


 暗号長は頷いて、書類束を抱え直した。爪の割れた親指が紙の端にかかっている。この人はいつも束をその指で押さえる。


 廊下に出た。艦内の夜は、金属の音でできている。


 その長門が、この四年ほど、ほとんど動いていない。


 柱島泊地に錨を下ろしたまま、連合艦隊司令部を乗せている。動かない理由は簡単で、油を食うからだった。全速で走らせれば、駆逐艦の何十隻分かが一日で消える。だから動かさない。決戦のために取ってある。取ってあるうちに、油そのものが減っていく。


 窓のない廊下で時計を見た。二十時を過ぎている。


 空母六隻を中心とする機動部隊は、昨日の朝、千島の単冠湾を出た。文書が手交されるより前に出ている。つまりこの紙は、何も引き起こしていない。艦隊はもう海の上にあり、無線を封じていて、こちらから声は届かない。


 届く手段はある。届いたあとに何が起きるかを、誰も設計していないだけだ。


 十日、と数えた。


 長官室の前で、当直の従兵が扉を開けた。



 長官室には灯りが二つ。机の上と、盤の上。盤は榧の四寸で、脚の一本に細い割れが入っている。呉で直させるという話が三度出て、三度とも流れた。


 山本は上着を脱いでいた。右手に煙草。指が二本欠けた左手で、駒箱の蓋を開ける。


 日露の年、日本海で失った指だった。二十一の歳、まだ少尉候補生で、巡洋艦の甲板にいた。三十六年たった今も、この手で駒箱の蓋は開けられる。開けにくいのは箱の蓋だけで、駒はつまめる。将棋も麻雀も、この手でやってきた。


 駒箱を傾けて、盤の上へ駒をあけた。並べながら、山本が言った。


「読んだか」


「読みました」


「五分で読める紙だ」


「はい」


「油は、あと何年ある」


 山本は駒箱の蓋を開けたまま、手を止めていた。


「海軍の手持ちで、二年でございます」


「二年か」


「動かさなくても減ります。工場が回るだけで減りますので」


 長官は何も言わずに、駒を並べ始めた。


「乙案には、何と書いてあった」


「あの十項目には、乙案という言葉が一度も出てまいりません」


「読まんかったか」


「読んで、載せなかったのだと思います」


 駒音が二つ、続けて鳴った。


「長官」


「うん」


「あの紙で私が気になりましたのは、要求の中身ではございません。こちらに、待つという手がないことでございます」


「ほう」


「呑めない要求を出されましたら、呑むか、戦うかの二つしかございません。粘って、来年もう一度話す、という手が盤の上にない。油が減っていきますので」


 山本は歩兵を並べ終えて、一二三のほうを見なかった。


「賭場で言えば、こっちにだけ時間切れがあるということだな」


「はい」


「それは、賭ける前から負けとる」


「はい」


 それ以上は言わなかった。長官も訊かなかった。二人とも、この部屋で交わす言葉は全部どこかに記録されうると知っている。記録されない場所は、盤の上だけだった。


 副官の藤堂大尉はとうに下がっている。この春に着任した若い大尉で、書類は必ず両手で渡す。長官付きの勤務は十九時までと決まっていて、それ以降は一二三が代理を務める。この決まりを作ったのも山本だった。誰の発案かは知らないが、都合のいい時刻に都合のいい規則ができている。この人の周りでは、たいていそうだった。


 駒を並べた。


 一二三の将棋は遅い。


 自分でもそう思う。守って、守って、相手の攻めが息切れするところまで持っていって、そこから寄せる。読み切ってからしか動かない。だから長く考える。負けるときはたいてい、時間で崩れる。


 今夜は、最初から速かった。


 駒音が続けて鳴った。山本が煙草を灰皿に置いて、置いたまま忘れた。


 二十六手目で、一二三は角を捨てた。


 将棋で角というのは、斜めにどこまでも走る駒である。飛車と並んで大駒と呼ばれ、これを只で相手にくれてやるのは、普通は敗着という。


 只ではなかった。角と引き換えに、山本の玉の囲いが一枚剥がれた。剥がれたところへ、続けて桂を打った。それも取られた。取られながら、玉の頭が開いた。開いたところへ、銀を打ち込んだ。銀も取られた。


 開いた先で、三十四手目。


 王手飛車取りだった。


 将棋を知らない人間でも、この言葉だけは知っている。相手の王に王手をかけながら、同じ一手で飛車も取れる形にする。王手は放っておけない。玉を逃がせば、次の手で飛車を取られる。玉を逃がさなければ、そこで負ける。どちらにしても飛車は渡すことになる。


 将棋でいちばん派手な手であり、決まれば縁側の見物人が声を上げる類の手である。


 山本の手が止まった。


 一秒か、二秒。


 それから、玉を逃がした。逃げるしかない。一二三は盤の上から飛車をつまみ上げて、自分の駒台に置いた。


 盤上で最も強い駒が、彼の持ち駒になった。


 部屋が静かになった。


 艦の外で錨鎖が鳴っている。潮が変わっている。


 一二三は自分の駒台を見ていた。飛車がある。角はない。桂もない。銀もない。全部さっき捨てた。


 飛車を打つ場所が、盤の上にない。


 攻めが終わっていた。三十四手目で終わっていた。王手飛車取りというのは、相手を詰ますための手ではない。得をするための手である。得はした。ただ、そこから先の手順が存在しない。


 そして、彼が捨てた角と桂と銀は、いま全部、山本の駒台の上にあった。


 山本の手が動いた。


 速かった。守りに使っていた駒を一枚外し、一二三が渡した角を打ち、桂を打ち、二手で寄せの形を作った。そこからは早かった。


 十一手。


 一二三の玉は、自分が攻めるために手放した駒に囲まれて詰んだ。


 彼は膝の上で手を揃えた。


「負けました」


 声に乱れはなかった。負け慣れた声でもない。今までの負けとは、負け方が違った。


 山本は何も言わなかった。


 しばらく盤を見ていた。それから、取り返した飛車を一枚つまみ上げて、指の腹で表と裏を返した。返して、盤の隅に置いた。


「木村、三味線をひきおったな」


「ひきましてございます」


「お前はそういう将棋を指さん」


 一二三は答えなかった。


「二十六手目だ。あれはわしの手だ。わしが指す手だ。お前は角を捨てん。お前は守って、こっちの攻めが切れるのを待って、それから来る。三か月、そればっかりやられとる」


 灰皿の煙草が長い灰になって、折れた。


「今夜のあれは、わしの真似だな」


「はい」


「真似をして、負けたか」


「はい」


 山本の声が変わった。低くなったのではない。硬くなった。


「わしは何と言った」


「手加減をしたら、二度と座らせない、と」


「したな」


「しておりません」


 一二三は顔を上げた。


「手加減であれば、私はもっと上手に負けます。長官にお気づかれぬ負け方なら、三か月ぶんの持ち合わせがございます。今夜は、使いませんでした」


「王手飛車を取って負けたのが最善か」


「はい」


 息を継いだ。


「私は三十四手目まで、一度も指し損じてはおりません。間違いは、二十六手目に角を切ると決めたところにございます。あの時点で、私の負けは決まっておりました。決まっていることを知りながら、私はそこから八手、最善を指し続けました」


「知って切ったのか」


「はい」


 山本は動かない。


「なぜ切った」


 一二三は、伏せた自分の手を見た。


「王手飛車は、詰みではございません。派手で、確実で、誰が見ても決まったと思う手でございます。取ったのは駒一枚。渡したのは三枚。飛車を持っても、打つところがなければ何も起きません。そして渡した三枚は、そのまま相手の武器になります」


 部屋の灯りが、盤の木目の上で止まっていた。


 この一言を口にすることは、それ自体が違反だった。作戦の名は、この艦の中でも声にしていい言葉ではない。紙にも書かない。ここで言えば、内容の是非より先に、言ったという事実が問題になる。それは分かっている。


 分かった上で、他に材料がなかった。


 自分は少佐で、命令権を一つも持っていない。持っているのは、この人が自分で作った規則と、三か月ぶんの勝ち越しと、たった今この盤の上で起きたことだけだ。それを全部一度に使う。使ってしまえば、二度目はない。


「申し上げます」


 息を整えた。


「これは真珠湾にございます」

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